読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

建築遺産のlog!

世界中の建物に行けるといいな

No.13⌒★沼津市の御用邸

沼津市

沼津は東海道五十三次の12番目の宿場町で、漁業なんかが盛んな町です。

五十三次に書かれている絵は、沼津市街地を流れる狩野川沿いの道を急ぐ旅人たちの絵。

夕方の情景です。

 

沼津市は富士山の南にあり駿河湾に面した温暖な気候で、

漁港も海水浴場もすぐそばの住みやすい土地のため、

大正天皇もこの地に保養施設としての御用邸を造ったのかもしれません。

 

f:id:aurakei:20161019215034j:plain

沼津御用邸沼津駅から数㎞南、伊豆半島の西側の付け根にあります。沼津駅前からバスで乗り付けます。

葉山の御用邸三浦半島の西側の付け根にあるし、どうやら皇族方は海に夕日が沈むのを眺めるのがお好きなようですねっ。

明治24年に、当時は皇太子だった大正天皇が静養のため建てられたといいます。

夏はこの辺りはすさまじい暑さのため、主に冬の避寒用の住居でしょうねえ。

すぐ隣が海水浴場なので、夏は夏で楽しめると思います。

 

f:id:aurakei:20161019215554j:plain

入り口近くにある西付属邸はとても広くて、どこが何の部屋か覚えられませんが、

御殿場の御用邸の新館と同じように、全体として簡素な感じがします。

ただ、本邸は大戦期の空襲で焼失したらしいので、そちらはもしかすると豪華だったのかも。

この部屋はその中でも一番豪華そうな部屋ですが、

超豪華!な欄間があるわけではなく、他より少しばかり天井が高く、部屋数が多く、広い部屋が連なっているのみです。

 

f:id:aurakei:20161019220408j:plain

ここも豪華な方の部屋。格子の欄間と障子が同時に入れてあります。

 

f:id:aurakei:20161019221110j:plain

台所はタイル敷きで、外壁も天井も光に囲まれた明るい清潔そうな部屋でした。

 

f:id:aurakei:20161021214054j:plain

西付属邸とはかなり離れた場所に東付属邸があり、学問所として使われていました。

欄間・ふすまがさらに少し簡素になったぐらいで、内容はほとんど変わりません。

学問所らしく、大きな部屋が連なっていました。

 

f:id:aurakei:20161021224751j:plain

この御用邸の敷地は、今年、国指定名勝になるそうです。

 

敷地は広大で緑も豊富なのでぶらぶら歩くのにもいいと思います。

 

夏、以外の季節がいいですね。

夏に行ってしまった僕は、エアコンが全く入ってない御用邸内で死ぬ思いをしました(;´Д`)

職員の方はエアコンの入った事務室を締め切って談笑をしておられます……。

 

◎沼津御用邸(国指定名勝)(予定)

国指定史跡名勝天然記念物 (5/3051件中) 静岡県内(1/80件中)

 

 ★★

f:id:aurakei:20161022215553j:plain

沼津駅へ戻って御殿場線に乗って、一駅目の大岡駅から徒歩2㎞行ったところにある光長寺

開山は蒙古襲来を予言したという神懸っていたころの日蓮です。まあ、たまたま当たったようですがね…。

 

f:id:aurakei:20161022222351j:plain

寺域はとても広く、塔頭(本寺内にある小寺)の山本坊、東之坊、西之坊、南之坊、辻之坊の五坊が左右にあって、一番向こうに光長寺本寺があります。

 

f:id:aurakei:20161023182201j:plain

その果てにそびえている光長寺本堂。

 

f:id:aurakei:20161023182611j:plain

通行禁止の回廊が巡っており、

 

f:id:aurakei:20161023185048j:plain

その回廊の向こうにそびえ立っているのが有形文化財の御宝蔵で、

そこへ至る道はこれまた通行禁止です(-"-)

RC造の六角堂で戦後の建物だということです。

木鼻やらかえる股やら、普通は木材で作られているものをモルタルで造った先進性が評価されているようです。ここからはあまり見えませんが…。

まあ、モルタルの木鼻なんかがすばらしいとは、どうしても思えないんですがねえ。

 

光長寺御宝蔵(国登録有形文化財

設計:金田恭介

竣工:1929年昭和4年

構造:RC造平屋建、銅板葺

登録有形文化財(13/10715件中) 静岡県内(1/210件中)